1989年にアメリカで制作された映画『恋人たちの予感』(原題:When Harry Met Sally…)は、男女の友情が成立するかどうか、11年間をとおして描いたロマンティックコメディです。
ビリー・クリスタル、メグ・ライアンが共演し、ロブ・ライナーが監督をつとめました。
- 『恋人たちの予感』の挿入曲
- オープニングクレジット
- 1977年シカゴ大学、ハリーが恋人とキスをする(サリーとハリーが車でNYに向かうシーン)
- NYへ向かう途中、サリーとハリーがダイナーに入る(ダイナーで流れる曲 1曲目)
- サリーが元彼と別れた理由をハリーに語る(ダイナーで流れる曲 2曲目)
- ハリーが「君はチャーミングだ」と言ってサリーを困惑させる(ダイナーで流れる曲 3曲目)
- NYに到着し、サリーとハリーが握手をして別れる
- 5年後JFK空港、 サリーが恋人とキスをする(ハリーがその横を通りかかるシーン)
- それからまた5年後、 お互いパートナーと別れたばかりだったサリーとハリーが再会しカフェで話をして別れる
- ハリーとサリーが夜中に電話で語らう(二人が仲を深めて行くモンタージュ)
- 二人が街を歩きながら “何度も見る性的な夢の話” をし合う
- NYのクリスマスの風景(二人がXmasツリー用のもみの木を購入する)
- 二人がカウントダウンパーティーでダンスをする(パーティーで流れる曲)
- 新年を迎え、二人がキスを交わしハグをする(会場でみんなが歌う曲)
- 二人がお互いの親友を相手に紹介する(4人で食事をするシーン)
- 4ヶ月後、親友の結婚祝いの品物を選びに二人がギフトショップを訪れる(二人がカラオケで歌う曲)
- 二人がそれぞれ異性の友人を連れて親友カップルの家を訪れる(それぞれの連れを陰で批判するシーン)
- サリーと一線を超えてしまったことにハリーが動揺し、気まずい夜を過ごす
- マリーとジェスの結婚式
- マリーとジェスの結婚披露パーティーでハリーとサリーが口論をする(バンドが演奏する曲)
- サリーがXmasツリー用のもみの木を一人で購入し、引きずって持ち帰る
- ハリーがサリーの留守番電話に歌を残す(ハリーが歌う曲)
- カウントダウンパーティーでサリーが男性とダンスをする(パーティーで流れる曲)
- カウントダウンパーティーでサリーが男性と話をする(パーティーで流れる曲)
- ハリーが夜の街を一人で歩きながらサリーとの思い出を振り返る
- ハリーがサリーのもとに走り、愛を告白する
- ハリーとサリーが互いの想いを伝え合い、キスをする(会場でみんなが歌う曲)
- エンドクレジット 1曲目
- エンドクレジット 2曲目
- エンドクレジット 3曲目
- 『恋人たちの予感』のサントラ
- 『恋人たちの予感』キャスト・スタッフ
『恋人たちの予感』の挿入曲
『恋人たちの予感』の挿入曲を流れた順番に紹介していきます。(ネタバレにご注意ください)

オープニングクレジット
邦題『もしあなただったら』
| Artist cover ver. | Harry Connick Jr. Trio |
| ハリー・コニック・ジュニア(Harry Connick Jr.) アメリカの歌手/ピアニスト/俳優、1967年ルイジアナ州ニューオーリンズ生まれ。 | |
| リリース | 1989年:Soundtrack『恋人たちの予感』 |
| 作曲者 | アイシャム・ジョーンズ(Isham Jones, 1894-1956) アメリカのバンドリーダー/サックス奏者/ソングライター。 |
| ガス・カーン(Gus Kahn, 1886-1941) ドイツ生まれのアメリカの作詞家。 | |
| Original ver. | 1924年:ザ・アンバサダーズ(The Ambassadors) アメリカのダンスバンド。 |
この後、以下のシーンでもこの曲が使われています。
「それからまた5年後、 お互いパートナーと別れたばかりだったサリーとハリーが再会しカフェで話をして別れる」
「サリーと一線を超えてしまったことにハリーが動揺し、気まずい夜を過ごす」
「ハリーがサリーのもとに走り、愛を告白をする」
「エンドクレジット 1曲目」
1977年シカゴ大学、ハリーが恋人とキスをする(サリーとハリーが車でNYに向かうシーン)
邦題『わが恋はここに』
| Artist cover ver. | ルイ・アームストロング(Louis Armstrong, 1901-1971) アメリカのトランペット奏者/作曲家/歌手。 1920年代に独創的なトランペット/コルネット奏者として名を知られるようになり、1950年代には歌手としても活躍。1967年には『この素晴らしき世界』が世界的に大ヒット。史上最も影響力のあるミュージシャンとして「キング・オブ・ジャズ」と讃えられ世界中で愛された。 |
| エラ・フィッツジェラルド(Ella Fitzgerald, 1917-1996) アメリカのジャズボーカリスト。 艶のある唯一無二の歌声、自由奔放なスキャット、即興演奏能力の高さを持ち味に、50年以上も “ジャズの女王” (The Queen of Jazz)として君臨し続けた。 | |
| リリース | 1959年 |
| 作曲者 | ジョージ・ガーシュウィン(George Gershwin, 1898-1937) アメリカの作曲家,ピアニスト。『ラプソディ・イン・ブルー』(1924)、『パリのアメリカ人』(1928)、『ポーギーとベス』(1935) などジャズとクラシックを融合させた作品で世界的に高い評価を受け、20世紀を代表する作曲家としての地位を確立。また、作詞家となった兄アイラとのコンピで数多くのスタンダード・ナンバーを世に送り出し、ポピュラー音楽界においても多大な功績を残した。 |
| アイラ・ガーシュウィン(Ira Gershwin, 1896-1983) アメリカの作詞家。ジョージ・ガーシュウィンの兄。1924年から弟ジョージとソングライティング・チームを組み、20世紀を代表する数多くの楽曲を残した。 | |
| Original ver. | 1938年: ケニー・ベイカー(Kenny Baker, 1912-1985) アメリカの歌手/俳優。 |
『(Our) Love Is Here To Stay』は、1938年のミュージカル映画『華麗なるミュージカル』(The Goldwyn Follies)のために作られた曲です。1951年のミュージカル映画『巴里のアメリカ人』(An American In Paris)で使用され、より広く知られるようになりました。

NYへ向かう途中、サリーとハリーがダイナーに入る(ダイナーで流れる曲 1曲目)
邦題『恋のかけひき』』
| Artist | ハミルトン、ジョー・フランク&レイノルズ(Hamilton, Joe Frank & Reynolds) アメリカのソフトロック・トリオ。 デビューシングル『恋のかけひき』(1971) がアメリカで100万枚以上を売り上げ、アメリカレコード協会のゴールドディスクに認定された。 |
| リリース | 1971年 |
| 作曲者 | Dennis Lambert & Brian Potter デニス・ランバート(Dennis Lambert)とブライアン・ポッター(Brian Potter)の二人によるアメリカのソングライティング/プロデュース・デュオ。 |
サリーが元彼と別れた理由をハリーに語る(ダイナーで流れる曲 2曲目)
ランブリン・マン
| Artist | オールマン・ブラザーズ・バンド(The Allman Brothers Band) 1969年にフロリダ州ジャクソンビルで結成されたアメリカのロックバンド。 サザン・ロックの代表的バンドとして知られる。 |
| リリース | 1973年 |
| 作曲者 | ディッキー・ベッツ(Dickey Betts) アメリカのミュージシャン/ギタリスト/シンガー、1943年フロリダ州ウェストパームビーチ生まれ。 ロックバンド 「オールマン・ブラザーズ・バンド」(The Allman Brothers Band) のオリジナルメンバー。 |
ハリーが「君はチャーミングだ」と言ってサリーを困惑させる(ダイナーで流れる曲 3曲目)
邦題『星影の散歩道』
| Artist | ジェニファー・ウォーンズ(Jennifer Warnes) アメリカのシンガーソングライター、1947年シアトル生まれ。 |
| リリース | 1973年 |
| 作曲者 | ディッキー・ベッツ(Dickey Betts) アメリカのミュージシャン/ギタリスト/シンガー、1943年フロリダ州ウェストパームビーチ生まれ。 ロックバンド 「オールマン・ブラザーズ・バンド」(The Allman Brothers Band) のオリジナルメンバー。 |
NYに到着し、サリーとハリーが握手をして別れる
レッツ・コール・ザ・ホール・シング・オフ
| Artist cover ver. | ルイ・アームストロング(Louis Armstrong, 1901-1971) アメリカのトランペット奏者/作曲家/歌手。 1920年代に独創的なトランペット/コルネット奏者として名を知られるようになり、1950年代には歌手としても活躍。1967年には『この素晴らしき世界』が世界的に大ヒット。史上最も影響力のあるミュージシャンとして「キング・オブ・ジャズ」と讃えられ世界中で愛された。 |
| エラ・フィッツジェラルド(Ella Fitzgerald, 1917-1996) アメリカのジャズボーカリスト。 艶のある唯一無二の歌声、自由奔放なスキャット、即興演奏能力の高さを持ち味に、50年以上も “ジャズの女王” (The Queen of Jazz)として君臨し続けた。 | |
| リリース | 1959年 |
| 作曲者 | ジョージ・ガーシュウィン(George Gershwin, 1898-1937) アメリカの作曲家,ピアニスト。『ラプソディ・イン・ブルー』(1924)、『パリのアメリカ人』(1928)、『ポーギーとベス』(1935) などジャズとクラシックを融合させた作品で世界的に高い評価を受け、20世紀を代表する作曲家としての地位を確立。また、作詞家となった兄アイラとのコンピで数多くのスタンダード・ナンバーを世に送り出し、ポピュラー音楽界においても多大な功績を残した。 |
| アイラ・ガーシュウィン(Ira Gershwin, 1896-1983) アメリカの作詞家。ジョージ・ガーシュウィンの兄。1924年から弟ジョージとソングライティング・チームを組み、20世紀を代表する数多くの楽曲を残した。 | |
| Original ver. | 1937年:フレッド・アステア&ジンジャー・ロジャース(Fred Astaire & Ginger Rogers) |
『Let’s Call the Whole Thing Off』は、1937年のミュージカル映画『踊らん哉』(原題:Shall We Dance)で名ダンスデュオ、フレッド・アステア&ジンジャー・ロジャースによって披露された曲です。
この後「エンドクレジット 2曲目」でもこの曲が使われています。
5年後JFK空港、 サリーが恋人とキスをする(ハリーがその横を通りかかるシーン)
邦題『いつかどこかで』
| Artist cover ver. | エラ・フィッツジェラルド(Ella Fitzgerald, 1917-1996) アメリカのジャズボーカリスト。 艶のある唯一無二の歌声、自由奔放なスキャット、即興演奏能力の高さを持ち味に、50年以上も “ジャズの女王” (The Queen of Jazz)として君臨し続けた。 |
| リリース | 1956年 |
| 作曲者 | リチャード・ロジャース(Richard Rodgers, 1902-1979) ニューヨーク州クイーンズ出身のアメリカの作曲家。 ローレンツ・ハート、オスカー・ハマースタイン2世とのコラボレーションで数多くの名曲を生み出し、その後のポピュラー音楽に大きな影響を与えた。アメリカの4つのトップ・エンターテイメント賞(エミー賞、グラミー賞、アカデミー賞/オスカー、トニー賞)全てを獲得した人物に与えられる称号「EGOT」を持つ初達成者として知られる。 |
| ロレンツ・ハート(Lorenz Hart, 1895-1943) ニューヨーク州ハーレム出身のアメリカの作詞家。 リチャード・ロジャースとの20年以上にわたるパートナーシップの中で、26本のブロードウェイミュージカルを手掛けた。これらのミュージカルから生まれたスタンダードナンバーは、時代を超えて今もなお愛され続けている。 | |
| Original ver. | 1937年:ブロードウェイミュージカル『青春一座』 Ray Heatherton & Mitzi Green |
『Where Or When』は、1937年初演のブロードウェイミュージカル『青春一座』(原題:Babes in Arms)で主演のミッツィ・グリーン(Mitzi Green)とレイ・ヘザートン(Ray Heatherton)によって披露された曲です。
それからまた5年後、 お互いパートナーと別れたばかりだったサリーとハリーが再会しカフェで話をして別れる
邦題『もしあなただったら』
| 作曲者 | アイシャム・ジョーンズ(Isham Jones, 1894-1956) アメリカのバンドリーダー/サックス奏者/ソングライター。 |
| ガス・カーン(Gus Kahn, 1886-1941) ドイツ生まれのアメリカの作詞家。 | |
| Original ver. | 1924年:ザ・アンバサダーズ(The Ambassadors) アメリカのダンスバンド。 |
「オープニングクレジット」でもこの曲が使われていました。
ハリーとサリーが夜中に電話で語らう(二人が仲を深めて行くモンタージュ)
バット・ノット・フォー・ミー
| 作曲者 | ジョージ・ガーシュウィン(George Gershwin, 1898-1937) アメリカの作曲家,ピアニスト。 『ラプソディ・イン・ブルー』(1924)、『パリのアメリカ人』(1928)、『ポーギーとベス』(1935) などジャズとクラシックを融合させた作品で世界的に高い評価を受け、20世紀を代表する作曲家としての地位を確立。また、作詞家となった兄アイラとのコンピで数多くのスタンダード・ナンバーを世に送り出し、ポピュラー音楽界においても多大な功績を残した。 |
| アイラ・ガーシュウィン(Ira Gershwin, 1896-1983) アメリカの作詞家。ジョージ・ガーシュウィンの兄。 1924年から弟ジョージとソングライティング・チームを組み、20世紀を代表する数多くの楽曲を残した。 | |
| Original ver. | 1930年:ブロードウェイミュージカル『ガール・クレイジー』 ジンジャー・ロジャース(Ginger Rogers, 1911-1995) |
『But Not For Me』は、1930年初演のブロードウェイミュージカル『ガール・クレイジー』(Girl Crazy)のために作られました。このミュージカルは、学業に専念させる目的で田舎に移されたプレイボーイの若い男性が地元で人気の魅力的な女性に一目惚れをすることから始まるストーリーで、1943年にはジュディ・ガーランドとミッキー・ルーニー主演で映画化もされています。
この後、以下のシーンでもこの曲が使われています。
「ハリーが夜の街を一人で歩きながらサリーとの思い出を振り返る」
「エンドクレジット 3曲目」
二人が街を歩きながら “何度も見る性的な夢の話” をし合う
ニューヨークの秋
| Artist cover ver. | Harry Connick Jr. Trio |
| ハリー・コニック・ジュニア(Harry Connick Jr.) アメリカの歌手/ピアニスト/俳優、1967年ルイジアナ州ニューオーリンズ生まれ。 | |
| リリース | 1989年:Soundtrack『恋人たちの予感』 |
| 作曲者 | ヴァーノン・デューク(Vernon Duke, 1903-1969) ロシア生まれのアメリカの作曲家/詩人。 キエフ音楽院で作曲/音楽理論を学び、1921年に内戦を逃れて渡米。ジョニー・マーサー、サミー・カーン等とのコラボでブロードウェイを中心に活躍した。また、その間も本名のウラディミール・デュケルスキー名義で交響曲やチェロ協奏曲を作曲し、ロシア語の詩などを書き続けた。 |
| Original ver. | 1934年:ミュージカルレビュー『Thumbs Up! 』 |
『Autumn In New York』は、1934年にブロードウェイで開幕したミュージカルレビュー『Thumbs Up! 』のために作られたポピュラーソングです。ビリー・ホリデイ、フランク・シナトラなど沢山のアーティストにカバーされ、スタンダードナンバーになりました。
NYのクリスマスの風景(二人がXmasツリー用のもみの木を購入する)
ウィンターワンダーランド
| Artist cover ver. | レイ・チャールズ(Ray Charles, 1930-2004) アメリカの歌手/作曲家/ピアニスト。 盲目というハンディを乗り越えて成功を収め、天才ミュージシャンとして世界にその名を知らしめた。R&B/ソウルのパイオニアとして知られる。 |
| リリース | 1985年 |
| 作曲者 | フェリックス・バーナード(Felix Bernard, 1897-1944) アメリカの指揮者/ピアニスト/ポピュラー音楽の作曲家。 |
| リチャード・バーナード・スミス(Richard Bernhard Smith, 1901-1935) アメリカの作曲家。 | |
| Original ver. | 1934年:リチャード・ヒンバー(Richard Himber, 1899-1966) アメリカのバンドリーダー/作曲家/ヴァイオリニスト/マジシャン |
『Winter Wonderland』は、とあるカップルの冬のロマンスを描いた作品です。冬を題材にした曲であることから、北半球ではクリスマスソングとみなされるようになりました。
二人がカウントダウンパーティーでダンスをする(パーティーで流れる曲)
アイ・クッド・ライト・ア・ブック
| Artist cover ver. | ハリー・コニック・ジュニア(Harry Connick Jr.) アメリカの歌手/ピアニスト/俳優、1967年ルイジアナ州ニューオーリンズ生まれ。 |
| リリース | 1989年:Soundtrack『恋人たちの予感』 |
| 作曲者 | リチャード・ロジャース(Richard Rodgers, 1902-1979) ニューヨーク州クイーンズ出身のアメリカの作曲家。 ローレンツ・ハート、オスカー・ハマースタイン2世とのコラボレーションで数多くの名曲を生み出し、その後のポピュラー音楽に大きな影響を与えた。アメリカの4つのトップ・エンターテイメント賞(エミー賞、グラミー賞、アカデミー賞/オスカー、トニー賞)全てを獲得した人物に与えられる称号「EGOT」を持つ初達成者として知られる。 |
| ロレンツ・ハート(Lorenz Hart, 1895-1943) ニューヨーク州ハーレム出身のアメリカの作詞家。リチャード・ロジャースとの20年以上にわたるパートナーシップの中で、26本のブロードウェイミュージカルを手掛けた。これらのミュージカルから生まれたスタンダードナンバーは、時代を超えて今もなお愛され続けている。 | |
| Original ver. | 1940年:ブロードウェイミュージカル『パル・ジョーイ』 ジーン・ケリー&レイラ・アーンスト(Gene Kelly & Leila Ernst) |
『I Could Write A Book』は、1940年初演のブロードウェイミュージカル『パル・ジョーイ』(Pal Joey)で披露された曲です。このミュージカルは1957年にフランク・シナトラ主演で映画化(邦題『夜の豹』)されています。
新年を迎え、二人がキスを交わしハグをする(会場でみんなが歌う曲)
オールド・ラング・サイン
| 作曲者 | ロバート・バーンズ(Robert Burns, 1759-1796) スコットランドの詩人/作詞家。 スコットランドの方言で生命感とユーモアにあふれる抒情詩や風刺詩を書き、国民詩人と称された。また、スコットランド民謡の収集・校訂・改作に尽力し、文化の振興に多大な功績を残したことでも知られる。 |
| Original ver. | 1890年:エミール・ベルリナー(Emile Berliner, 1851-1929) ドイツ出身のアメリカの発明家。 |
『オールド・ラング・サイン』は、スコットランドの民謡です。日本では『蛍の光』の原曲として知られています。
英語圏の国々では、大晦日のカウントダウンで年が明けた瞬間にこの曲が歌われます。
この後「ハリーとサリーが互いの想いを伝え合い、キスをする(会場でみんなが歌う曲)」でもこの曲が使われています。
二人がお互いの親友を相手に紹介する(4人で食事をするシーン)
セイ・イット・イズント・ソー
| 作曲者 | アーヴィング・バーリン(Irving Berlin, 1888-1989) ベラルーシ出身のユダヤ系アメリカ人作曲家。 映画『スイング・ホテル』(1942) の劇中歌『ホワイト・クリスマス』を書き、アカデミー歌曲賞を受賞した。 代表曲『ホワイト・クリスマス』『ゴッド・ブレス・アメリカ』 |
『Say It Isn’t So』は、1932年に発表されたトーチソング(感傷的なラブ・ソング)です。
4ヶ月後、親友の結婚祝いの品物を選びに二人がギフトショップを訪れる(二人がカラオケで歌う曲)
邦題『飾りのついた四輪馬車』
| 作曲者 | リチャード・ロジャース(Richard Rodgers, 1902-1979) ニューヨーク州クイーンズ出身のアメリカの作曲家。 ローレンツ・ハート、オスカー・ハマースタイン2世とのコラボレーションで数多くの名曲を生み出し、その後のポピュラー音楽に大きな影響を与えた。アメリカの4つのトップ・エンターテイメント賞(エミー賞、グラミー賞、アカデミー賞/オスカー、トニー賞)全てを獲得した人物に与えられる称号「EGOT」を持つ初達成者として知られる。 |
| オスカー・ハマースタイン2世(Oscar Hammerstein II, 1895-1960) アメリカのミュージカル作詞家/脚本家/演劇プロデューサー。 コロンビア大学で法律を学ぶが、ブロードウェイの劇場主であった父の死を機に脚本家に転向。文学作品を原作としたシリアスなプロットを持つ革新的なミュージカル作品『ショウボート』 (1927年初演) で大きな成功を収め、以降『オクラホマ!』『王様と私』『サウンド・オブ・ミュージック』など数々の名作を生み出した。現代のブロードウェイ・ミュージカルの基盤を作り上げた功労者の一人として知られる。 映画『レディ・ビー・グッド』(1941)、『ステート・フェア』(1945) の主題歌で、アカデミー作曲賞を2度受賞した。 | |
| Original ver. | 1943年:ミュージカル『オクラホマ!』 (Alfred Drake, Joan Roberts & Betty Garde) |
『The Surrey with the Fringe on Top』は、1943年初演のブロードウェイミュージカル『オクラホマ!』(Oklahoma!)のミュージカルナンバーです。
二人がそれぞれ異性の友人を連れて親友カップルの家を訪れる(それぞれの連れを陰で批判するシーン)
邦題『サヴォイでストンプ』
| Artist cover ver. | Harry Connick Jr. Trio |
| ハリー・コニック・ジュニア(Harry Connick Jr.) アメリカの歌手/ピアニスト/俳優、1967年ルイジアナ州ニューオーリンズ生まれ。 | |
| リリース | 1989年:Soundtrack『恋人たちの予感』 |
| 作曲者 | ベニー・グッドマン(Benny Goodman, 1909-1986) イリノイ州シカゴ出身のアメリカのクラリネット奏者/バンドリーダー。 スウィング・ジャズの代表的存在として知られる。 |
| エドガー・サンプソン(Edgar Sampson, 1907-1973) アメリカのジャズサックス奏者/ヴァイオリニスト/編曲家/作曲家。 | |
| アンディー・ラザフ(Andy Razaf, 1895-1973) アメリカの詩人/作曲家/作詞家。 | |
| チック・ウェッブ(Chick Webb, 1905-1939) アメリカのジャズドラマー/バンドリーダー。10代で無名のエラ・フィッツジェラルドを自分のバンドに雇い、彼女のキャリアを後押しした人物として知られる。チック・ウェッブが34歳という若さでこの世を去った後、エラがそのバンドを引き継いだ。1920~30年代に活躍した伝説のドラマー。 | |
| Original ver. | 1934年: チック・ウェッブ |
サリーと一線を超えてしまったことにハリーが動揺し、気まずい夜を過ごす
邦題『もしあなただったら』
| 作曲者 | アイシャム・ジョーンズ(Isham Jones, 1894-1956) ガス・カーン(Gus Kahn, 1886-1941) |
| Original ver. | 1924年:ザ・アンバサダーズ(The Ambassadors) |
「オープニングクレジット」でもこの曲が使われていました。
マリーとジェスの結婚式
弦楽五重奏曲第6番 変ホ長調 K. 614 – 第2楽章
| 作曲者 | ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart, 1756 -1791) 18世紀古典派を代表するオーストリアの作曲家。 幼い頃から並外れた音楽の才能を示し「神童」と呼ばれる。5歳ですでに作曲を始め35歳の若さで亡くなるまで600を超える作品を作る。オペラ、協奏曲、交響曲、室内楽、器楽曲などあらゆるジャンルにわたり名作を残し西洋音楽に大きな影響を与えた。 |
| 作曲年 | 1791年 |
マリーとジェスの結婚披露パーティーでハリーとサリーが口論をする(バンドが演奏する曲)
邦題『その手はないよ』
| 作曲者 | ベニー・グッドマン(Benny Goodman, 1909-1986) イリノイ州シカゴ出身のアメリカのクラリネット奏者/バンドリーダー。 スウィング・ジャズの代表的存在として知られる。 |
| エドガー・サンプソン(Edgar Sampson, 1907-1973) アメリカのジャズサックス奏者/ヴァイオリニスト/編曲家/作曲家。 | |
| ミッチェル・パリッシュ(Mitchell Parish, 1900-1993) ロシア帝国統治下のリトアニア出身のアメリカの作詞家。ティン・パン・アレーの作詞家として活躍した。 | |
| Original ver. | 1935年:チック・ウェッブ(Chick Webb, 1905-1939) アメリカのジャズドラマー/バンドリーダー。 10代で無名のエラ・フィッツジェラルドを自分のバンドに雇い、彼女のキャリアを後押しした人物として知られる。チック・ウェッブが34歳という若さでこの世を去った後、エラがそのバンドを引き継いだ。1920~30年代に活躍した伝説のドラマー。 |
サリーがXmasツリー用のもみの木を一人で購入し、引きずって持ち帰る
ハヴ・ユアセルフ・ア・メリー・リトル・クリスマス』
| Artist cover ver. | ビング・クロスビー(Bing Crosby, 1903-1977) アメリカの歌手/俳優/テレビプロデューサー/ラジオ&テレビパーソナリティ/実業家。 20世紀を代表する世界的な人気と影響力を持つ音楽家。世界初のマルチメディア・スターとも言われた。 |
| リリース | 1962年 |
| 作曲者 | ヒュー・マーティン&ラルフ・ブレイン(Hugh Martin & Ralph Blane) ヒュー・マーティン(Hugh Martin, 1914-2011)とラルフ・ブレイン(Ralph Blane, 1914-1995)の二人による二人によるソングライティング/作曲家コンビ。1940年に結成されたボーカルカルテット「The Martins」で共に活動をしながらパートナーシップを結び数多くの曲を手がけた。 |
| Original ver. | 1944年:ジュディ・ガーランド(Judy Garland, 1922-1969) アメリカの女優/歌手。 ミュージカル映画『オズの魔法使』(1939) で主役ドロシーに抜擢されその才能を世に知らしめ、以降『若草の頃』(1944)、『イースター・パレード』(1948) 、『スタア誕生』(1954) などで主役をつとめるなど国民的ミュージカル・スターとして活躍した。ハリウッド黄金時代を代表する大スターの一人。 |
『Have Yourself A Merry Little Christmas』は、 クリスマスソングのスタンダードナンバー です。
1944年のミュージカル映画『若草の頃』(原題:Meet Me in St. Louis)のために作られ、主演のジュディ・ガーランドによって披露されました。
『若草の頃』では、ジュディ・ガーランド演じるエスターが、突然の引っ越し話にすっかり元気をなくしてしまった5歳の妹を励ますためにこの歌を歌います。
ハリーがサリーの留守番電話に歌を残す(ハリーが歌う曲)
コール・ミー
| Artist cover ver. | クリス・モンテス(Chris Montez) アメリカの歌手/シンガーソングライター/ギタリスト。 ファルセットの中性的な歌声で知られ、国際的成功を収めた。 |
| リリース | 1965年 |
| 作曲者 | トニー・ハッチ(Tony Hatch) イギリスの作曲家/ソングライター/ピアニスト/アレンジャー/プロデューサー、1939年生まれ。 |
| Original ver. | 1965年:ペトゥラ・クラーク(Petula Clark) イギリスの歌手/女優、1932年生まれ。フランスにも進出を果たした1960年代のイギリスを代表するシンガーの一人。 |
『Call Me』は、クリス・モンテスの1965年のヒット曲です。
カウントダウンパーティーでサリーが男性とダンスをする(パーティーで流れる曲)
ドント・ゲット・アラウンド・マッチ・エニモア
| Artist cover ver. | ハリー・コニック・ジュニア(Harry Connick Jr.) アメリカの歌手/ピアニスト/俳優、1967年ルイジアナ州ニューオーリンズ生まれ。 |
| リリース | 1989年:Soundtrack『恋人たちの予感』 |
| 作曲者 | デューク・エリントン(Duke Ellington, 1899-1974) アメリカのジャズの作曲家/編曲家/ピアニスト/オーケストラ・リーダー。 1927年からニューヨーク・ハーレムのコットン・クラブに出演し名声を確立。一流奏者を揃えたビッグバンド「エリントン楽団」を率いてそれぞれの楽器の特色を生かした独自のサウンドを作り上げ、数多くのジャズ・スタンダードを生み出した。 |
| ボブ・ラッセル(Bob Russell, 1914-1970) アメリカのソングライター。 | |
| Original ver. | (タイトル:Never No Lament) 1940年:デューク・エリントン(Duke Ellington, 1899-1974) |
カウントダウンパーティーでサリーが男性と話をする(パーティーで流れる曲)
イズント・イット・ロマンティック ?
| 作曲者 | リチャード・ロジャース(Richard Rodgers, 1902-1979) ニューヨーク出身のアメリカの作曲家。 ローレンツ・ハート、オスカー・ハマースタイン2世とのコラボレーションで数多くの名曲を生み出し、その後のポピュラー音楽に大きな影響を与えた。アメリカの4つのトップ・エンターテイメント賞(エミー賞、グラミー賞、アカデミー賞/オスカー、トニー賞)全てを獲得した人物に与えられる称号「EGOT」を持つ初達成者として知られる。 |
| ロレンツ・ハート(Lorenz Hart, 1895-1943) ニューヨーク州ハーレム出身のアメリカの作詞家。 リチャード・ロジャースとの20年以上にわたるパートナーシップの中で、26本のブロードウェイミュージカルを手掛けた。これらのミュージカルから生まれたスタンダードナンバーは、時代を超えて今もなお愛され続けている。 | |
| Original ver. | 1932年:ミュージカル映画『Love Me Tonight』 モーリス・シュヴァリエ&ジャネット・マクドナルド(Maurice Chevalier and Jeanette MacDonald) |
『Isn’t It Romantic』は、1932年のミュージカル映画『今晩は愛して頂戴ナ』(原題:Love Me Tonight)で披露された曲です。
ハリーが夜の街を一人で歩きながらサリーとの思い出を振り返る
バット・ノット・フォー・ミー
| 作曲者 | ジョージ・ガーシュウィン(George Gershwin, 1898-1937) アメリカの作曲家,ピアニスト。 『ラプソディ・イン・ブルー』(1924)、『パリのアメリカ人』(1928)、『ポーギーとベス』(1935) などジャズとクラシックを融合させた作品で世界的に高い評価を受け、20世紀を代表する作曲家としての地位を確立。また、作詞家となった兄アイラとのコンピで数多くのスタンダード・ナンバーを世に送り出し、ポピュラー音楽界においても多大な功績を残した。 |
| アイラ・ガーシュウィン(Ira Gershwin, 1896-1983) アメリカの作詞家。ジョージ・ガーシュウィンの兄。 1924年から弟ジョージとソングライティング・チームを組み、20世紀を代表する数多くの楽曲を残した。 | |
| Original ver. | 1930年:ブロードウェイミュージカル『ガール・クレイジー』 ジンジャー・ロジャース(Ginger Rogers, 1911-1995) |
「ハリーとサリーが夜中に電話で語らう(二人が仲を深めて行くモンタージュ)」でもこの曲が使われていました。
ハリーがサリーのもとに走り、愛を告白する
邦題『もしあなただったら』
| Artist cover ver. | フランク・シナトラ(Frank Sinatra, 1915-1998) イタリア系アメリカ人のエンターテイナー/歌手/俳優。 クルーナーボイスと呼ばれる歌声で多くのファンを獲得し、映画俳優としても数多くの映画に出演。1953年の映画『地上より永遠に』ではアカデミー助演男優賞を受賞。 1950年代から60年代にかけては、ディーン・マーティン、サミー・デイヴィスJr.らと「ラット・パック」(The Rat Pack)と呼ばれるエンターテインメントグループを組み幅広い分野で活躍、ショービジネス界のカリスマ的スターとして一時代を築いた。 |
| リリース | 1980年 |
| 作曲者 | アイシャム・ジョーンズ(Isham Jones, 1894-1956) アメリカのバンドリーダー/サックス奏者/ソングライター。 |
| ガス・カーン(Gus Kahn, 1886-1941) ドイツ生まれのアメリカの作詞家。 | |
| Original ver. | 1924年:ザ・アンバサダーズ(The Ambassadors) アメリカのダンスバンド。 |
「オープニングクレジット」でもこの曲が使われていました。
ハリーとサリーが互いの想いを伝え合い、キスをする(会場でみんなが歌う曲)
オールド・ラング・サイン
| 作曲者 | ロバート・バーンズ(Robert Burns, 1759-1796) スコットランドの詩人/作詞家。 スコットランドの方言で生命感とユーモアにあふれる抒情詩や風刺詩を書き、国民詩人と称された。また、スコットランド民謡の収集・校訂・改作に尽力し、文化の振興に多大な功績を残したことでも知られる。 |
| Original ver. | 1890年:エミール・ベルリナー(Emile Berliner, 1851-1929) ドイツ出身のアメリカの発明家。 |
「新年を迎え、二人がキスを交わしハグをする(会場でみんなが歌う曲)」でもこの曲が使われていました。
エンドクレジット 1曲目
バット・ノット・フォー・ミー
| Artist cover ver. | ハリー・コニック・ジュニア(Harry Connick Jr.) アメリカの歌手/ピアニスト/俳優、1967年ルイジアナ州ニューオーリンズ生まれ。 |
| リリース | 1989年:Soundtrack『恋人たちの予感』 |
| 作曲者 | アイシャム・ジョーンズ(Isham Jones, 1894-1956) ガス・カーン(Gus Kahn, 1886-1941) |
| Original ver. | 1924年:ザ・アンバサダーズ(The Ambassadors) アメリカのダンスバンド。 |
「オープニングクレジット」でもこの曲が使われていました。
エンドクレジット 2曲目
バット・ノット・フォー・ミー
| Artist cover ver. | ハリー・コニック・ジュニア(Harry Connick Jr.) アメリカの歌手/ピアニスト/俳優、1967年ルイジアナ州ニューオーリンズ生まれ。 |
| リリース | 1989年:Soundtrack『恋人たちの予感』 |
| 作曲者 | ジョージ・ガーシュウィン(George Gershwin, 1898-1937) アイラ・ガーシュウィン(Ira Gershwin, 1896-1983) |
| Original ver. | 1937年:フレッド・アステア&ジンジャー・ロジャース(Fred Astaire & Ginger Rogers) |
「NYに到着し、サリーとハリーが握手をして別れる」でもこの曲が使われていました。
エンドクレジット 3曲目
バット・ノット・フォー・ミー
| Artist cover ver. | ハリー・コニック・ジュニア(Harry Connick Jr.) アメリカの歌手/ピアニスト/俳優、1967年ルイジアナ州ニューオーリンズ生まれ。 |
| リリース | 1989年:Soundtrack『恋人たちの予感』 |
| 作曲者 | ジョージ・ガーシュウィン(George Gershwin, 1898-1937) アイラ・ガーシュウィン(Ira Gershwin, 1896-1983) |
| Original ver. | 1930年:ブロードウェイミュージカル『ガール・クレイジー』 ジンジャー・ロジャース(Ginger Rogers, 1911-1995) |
「ハリーとサリーが夜中に電話で語らう(二人が仲を深めて行くモンタージュ)」でもこの曲が使われていました。
『恋人たちの予感』のサントラ
『恋人たちの予感』はマーク・シャイマンとハリー・コニック・Jrが音楽を担当しました。
マーク・シャイマンは、アメリカ・ニュージャージー州出身の作曲家/ベット・ミドラーの共同プロデューサーです。『ア・フュー・グッドメン』『天使にラブソングを』などの映画音楽を手掛けたことでも知られています。
ハリー・コニック・Jrは、ルイジアナ州ニューオーリンズ出身の俳優/作曲家/ピアニストです。『アメリカン・アイドル』の審査員としても知られています。
※サントラ収録曲
1. イット・ハド・トゥ・ビー・ユー ~“恋人たちの予感”のテーマ
2. ラヴ・イズ・ヒア・トゥ・ステイ – わが恋はここに
3. サヴォイでストンプ
4. バット・ノット・フォー・ミー
5. ウィンター・ワンダーランド
6. ドント・ゲット・アラウンド・マッチ・エニイモア
7. ニューヨークの秋
8. 書き残したいこの恋を
9. レッツ・コール・ザ・ホール・シング・オフ
10. イット・ハド・トゥ・ビー・ユー
11. いつかどこかで
『恋人たちの予感』キャスト・スタッフ
| 監督 | ロブ・ライナー(Rob Reiner) |
| 脚本 | ノーラ・エフロン(Nora Ephron) |
| 製作 | アンドリュー・シェインマン(Andrew Scheinman) |
| ロブ・ライナー(Rob Reiner) | |
| 音楽 | マーク・シャイマン(Marc Shaiman) |
| ハリー・コニック・Jr(Harry Connick Jr.) | |
| 配給 | 日本ヘラルド映画 |
| 公開 | 1989年7月21日 |
| 1989年12月9日 | |
| 上映時間 | 96分 |
ハリー・バーンズ:ビリー・クリスタル(Billy Crystal)
サリー・オルブライト:メグ・ライアン(Meg Ryan)
マリー:キャリー・フィッシャー(Carrie Fisher)
ジェス:ブルーノ・カービー(Bruno Kirby)
ジョー:スティーヴン・フォード(Steven Ford)
アリス:リサ・ジェーン・パースキー(Lisa Jane Persky)
アマンダ:ミシェル・ニカストロ(Michelle Nicastro)
ジュリアン:フランク・ルス(Franc Luz)
アイラ・ストーン:ケビン・ルーニー(Kevin Rooney)
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