2022年にアメリカで製作された映画『バビロン』(原題:Babylon)は、サイレント映画からトーキー映画に移り変わる「ハリウッド黄金期」の映画業界を鮮やかに描いたブラック・コメディ/歴史映画です。
『ラ・ラ・ランド』のデイミアン・チャゼルが監督・脚本を務め、ブラッド・ピットやマーゴット・ロビー、ディエゴ・カルバらを中心としたアンサンブルキャストが出演しています。
- 『バビロン』の挿入曲
- 男装したレディ・フェイ・ジューがパーティーで歌う曲
- マニーに介抱されて自宅に戻ったジャックが蓄音器で流す曲(ジャックが歌う)
- 付き人にならないかとジャックがマニーを誘うシーン
- 戦闘シーンの撮影(砂漠でオーケストラが演奏する曲)
- パーティーで、ロバートが蛇と戦った話を語り出す
- マニーが観る映画『ジャズ・シンガー』の曲(1曲目)
- マニーが観る映画『ジャズ・シンガー』の曲(2曲目)
- 雨を降らせたセットにジャックが加わり、大勢で歌う
- 黒塗りメイクをさせられたシドニーが、収録後にスタジオを出て行く
- ジャックのもとに、代役での仕事を依頼する電話がかかってくる
- ギャングのボス、マッケイの屋敷で流れている曲
- ジェームズ・マッケイの要塞で流れている曲(1曲目)
- ジェームズ・マッケイの要塞で流れている曲(2曲目)
- マニーがLAで観る映画『雨に唄えば』の曲(1曲目)
- マニーがLAで観る映画『雨に唄えば』の曲(2曲目)
- マニーがLAで観る映画『雨に唄えば』の曲(3曲目)
- 『バビロン』のサントラ
- 『バビロン』キャスト・スタッフ
『バビロン』の挿入曲
『バビロン』の挿入曲を流れた順番に紹介していきます。(ネタバレにご注意ください)
男装したレディ・フェイ・ジューがパーティーで歌う曲
マイ・ガールズ・プッシー
Artist cover ver. | リー・ジュン・リー(Li Jun Li) レディ・フェイ・ジューを演じるアメリカの女優、1983年上海生まれ。 |
リリース | 2023年:Soundtrack『バビロン』 |
作曲者 | ハリー・ロイ(Harry Roy, 1900-1971) イギリスのクラリネット奏者/歌手/ソングライター/バンドリーダー。 |
ジャスティン・ハーウィッツ(Justin Hurwitz) アメリカの作曲家/脚本家、1985年生まれ。 デミアン・チャゼル監督とのコラボレーションで知られる。映画『ラ・ラ・ランド』(2016) の音楽を担当し、アカデミー作曲賞と歌曲賞をダブルで受賞した。 | |
Original ver. | 1931年:ハリー・ロイ(Harry Roy & His Bat Club Boys) |
『My Girl’s Pussy』は、ハリー・ロイ(Harry Roy)が1931年に作ったジャズ・ソングです。
ここでは、映画『バビロン』の音楽を担当したジャスティン・ハーウィッツが歌詞を一部変えてアレンジしたカバーバージョンが使われています。
この後「ジェームズ・マッケイの要塞で流れている曲(1曲目)」でもこの曲が使われています。
マニーに介抱されて自宅に戻ったジャックが蓄音器で流す曲(ジャックが歌う)
帰れソレントへ
Artist | Nino Martini with Alfredo Antonini Orchestra |
ニーノ・マルティーニ(Nino Martini, 1902-1976) イタリアのオペラ歌手。 パラマウント映画創設の中心人物ジェシー・L・ラスキーにパリでスカウトされてアメリカに移住。レヴュー映画『パラマウント・オン・パレイド』(1930) で『帰れソレントへ』を歌い、ハリウッドデビューを果たした。 | |
リリース | 1930年 |
作曲者 | エルネスト・デ・クルティス(Ernesto De Curtis, 1875-1937) イタリアの作曲家。 |
ジャンバッティスタ・デ・クルティス(Giambattista De Curtis, 1860-1926) イタリアの詩人/画家。エルネスト・デ・クルティスの弟。 | |
作曲年 | 1894年 |
『Torna a Sorriento』は、カンツォーネ(ナポリ民謡)を代表する一曲です。
去っていった恋人に戻ってきてほしいと願う男性の恋心とソレントの街の美しさが共に表現されています。
付き人にならないかとジャックがマニーを誘うシーン
バルコニーからプールに落下したジャックがベッドに入り、マニーがホッとするシーンから曲が流れます。
オー・ソレ・ミオ
Artist | エンリコ・カルーソー(Enrico Caruso, 1873-1921) イタリア出身のテノール歌手 1903年にニューヨークのメトロポリタンオペラに出演し、翌年アメリカ初のレコードを録音した。 音楽業界が生んだ最初の国際的スター歌手として知られる。 |
リリース | 1916年 |
作曲者 | ジャンカルロ・キアラメッロ(Giancarlo Chiaramello, 1859-1920) イタリアの詩人/作詞家。 |
エドゥアルド・ディ・カプア(Eduardo Di Capua, 1865-1917) イタリアの作曲家/歌手/ソングライター。 | |
ジョヴァンニ・カプッロ (Giovanni Capurro, 1859-1920) イタリアの詩人/作詞家。 | |
作曲年 | 1898年 |
『O Sole Mio』は、カンツォーネ(ナポリ民謡)の代表曲です。ナポリ語で書かれた歌詞は世界中で翻訳され様々な言語で歌われています。『オー・ソレ・ミオ』は「私の太陽」を意味します。
戦闘シーンの撮影(砂漠でオーケストラが演奏する曲)
交響詩「禿山の一夜」
作曲者 | モデスト・ムソルグスキー(Modest Mussorgsky, 1839-1881) ロシアの作曲家。「ロシア五人組」の一人で、ロマン派の時代にロシア独自の音楽的アイデンティティを探求したロシア音楽の革新者として知られる。 代表作『禿山の一夜』『展覧会の絵』 |
作曲年 | 1867年 |
『禿山の一夜』は、19世紀ロシアの作曲家ムソルグスキーが作った管弦楽曲です。
「聖ヨハネ祭前夜、禿山に地霊チェルノボーグが現れ手下の魔物や幽霊、精霊達と大騒ぎするが、夜明けとともに消え去っていく」といった内容のロシア民話を元に作られました。
パーティーで、ロバートが蛇と戦った話を語り出す
(シドニーがスクリャービンの話をし、ジャックがトイレでジョージを介抱するシーン)
Artist | プリンス・バーナード(Prince Bernard) |
リリース | 2023年:Soundtrack『バビロン』 |
作曲者 | ジャスティン・ハーウィッツ(Justin Hurwitz) アメリカの作曲家/脚本家、1985年生まれ。 デミアン・チャゼル監督とのコラボレーションで知られる。映画『ラ・ラ・ランド』(2016) の音楽を担当し、アカデミー作曲賞と歌曲賞をダブルで受賞した。 |
デイミアン・チャゼル(Damien Chazelle) アメリカの映画監督/脚本家/ドラマー、1985年生まれ。 映画『ラ・ラ・ランド』(2016) でアカデミー監督賞を受賞した。 |
マニーが観る映画『ジャズ・シンガー』の曲(1曲目)
(マニーが映画館に入るシーン)
ダーティ・ハンズ、ダーティ・フェイス
Artist | アル・ジョルソン(Al Jolson, 1886-1950) リトアニア生まれのアメリカ人歌手/俳優。 ミンストレルショーを彷彿とさせる黒塗りの顔でアフリカ系アメリカ人を演じ、ジャズやブルースなどの伝統的音楽をアメリカに広めることで成功を収めた。「ブラックフェイス・パフォーマーの王様」と称される。 |
作曲者 | アル・ジョルソン |
グラント・クラーク(Grant Clarke, 1891-1931) アメリカのソングライター。 | |
エドガー・レスリー(Edgar Leslie, 1885-1976) アメリカのソングライター。 | |
ジェイムズ・モナコ(James V. Monaco, 1885-1945) イタリア出身のアメリカ人作曲家。 |
『Dirty Hands, Dirty Face』は、1920年初演のブロードウェイミュージカル『Bombo』で、主演をつとめたアル・ジョルソンによって披露された曲です。
1927年の映画『ジャズ・シンガー』(The Jazz Singer) では、アル・ジョルソン演じるジャズシンガーがこの曲をステージで演奏しています。
マニーが観る映画『ジャズ・シンガー』の曲(2曲目)
(熱狂的に拍手をする観客を見たマニーが、急いでジャックに電話をかけに行くシーン)
トゥート、トゥート、トゥーツィー
Artist | アル・ジョルソン(Al Jolson, 1886-1950) リトアニア生まれのアメリカ人歌手/俳優。 ミンストレルショーを彷彿とさせる黒塗りの顔でアフリカ系アメリカ人を演じ、ジャズやブルースなどの伝統的音楽をアメリカに広めることで成功を収める。「ブラックフェイス・パフォーマーの王様」と称される。 |
リリース | 1922年 |
作曲者 | ダン・ルッソ(Dan Russo, 1885-1956) シカゴ出身のバイオリニスト/ビッグバンドリーダー。 |
アーニー・アードマン(Ernie Erdman, 1879-1946) ペンシルベニア州ピッツバーグ出身の作詞家/作曲家/ピアニスト。 | |
ガス・カーン(Gus Kahn, 1886-1941) ドイツ生まれのアメリカの作詞家。 代表作『Ain’t We Got Fun』『もしあなただったら』 |
『Toot Toot Tootsie』も、1920年初演のブロードウェイミュージカル『Bombo』で、アル・ジョルソンによって披露された曲です。映画『ジャズ・シンガー』で使われています。
映画『ジャズ・シンガー』(The Jazz Singer)は、 長編映画としては世界初のトーキー映画です。
1927年10月6日に公開されました。
雨を降らせたセットにジャックが加わり、大勢で歌う
邦題『雨に唄えば』
作曲者 | ナシオ・ハーブ・ブラウン(Nacio Herb Brown, 1896-1964) アメリカの作曲家/ソングライター。 メトロ・ゴールドウィン・メイヤー(MGM)に1928年から雇われ、トーキー映画の音楽を作り活躍した。 |
アーサー・フリード(Arthur Freed, 1894-1973) アメリカの作詞家/ハリウッド映画プロデューサー。 映画『巴里のアメリカ人』(1951)、『恋の手ほどき』(1958) のプロデュースで、アカデミー作品賞を2度受賞した。 | |
Original ver. | 1929年:ミュージカルコメディ映画『ハリウッド・レヴィユー』 クリフ・エドワーズ(Cliff Edwards, 1895-1971)アメリカのウクレレ奏者/男性声優。ディズニーのアニメ映画『ピノキオ』(1940) でジミニー・クリケットの声を担当したことで知られる。 |
『Singin’ In the Rain』は、1929年のミュージカル映画『ハリウッド・レヴィユー』(The Hollywood Revue of 1929)で使用された曲です。
『ハリウッド・レヴィユー』は、メトロ・ゴールドウィン・メイヤー(MGM)のオールスター顔見世映画として製作された為、所属スターほぼ全員が出演しています。
「レオ・ザ・ライオン」のオープニングロゴで知られるメトロ・ゴールドウィン・メイヤー(MGM)は、マーカス・ロウ(Marcus Loew)が3つの映画会社の経営権を取得して1924年に設立されました。
この後「マニーがLAで観る映画『雨に唄えば』の曲(3曲目)」でもこの曲が使われています。
黒塗りメイクをさせられたシドニーが、収録後にスタジオを出て行く
Artist | アネット・ハンショー(Annette Hanshaw, 1901-1985) アメリカの女性歌手。 |
リリース | 1929年 |
作曲者 | サム・コスロー(Sam Coslow, 1902-1982) アメリカのソングライター/歌手/映画プロデューサー/金融アナリスト。 |
『Daddy, Won’t You Please Come Home』は、1929年のアメリカ映画『サンダーボルト』(Thunderbolt)のために作られた曲です。当時の人気ラジオスター、アネット・ハンショー(Annette Hanshaw)が歌っています。
ジャックのもとに、代役での仕事を依頼する電話がかかってくる
(ジャックが自宅で酒を飲みながら聴いている曲)
歌劇《カヴァレリア・ルスティカーナ》より、シチリアーナ「ローラよお前は花のように美しい」
作曲者 | ピエトロ・マスカーニ(Pietro Mascagni, 1863-1945) イタリアのオペラ作曲家/指揮者。 |
作曲年 | 1890年 |
Artist | エンリコ・カルーソー(Enrico Caruso, 1873-1921) イタリア出身のテノール歌手 1903年にニューヨークのメトロポリタンオペラに出演し、翌年アメリカ初のレコードを録音した。 音楽業界が生んだ最初の国際的スター歌手として知られる。 |
歌劇《カヴァレリア・ルスティカーナ》は、イタリアの小説家ジョヴァンニ・ヴェルガが1880年に発表した短編集『田舎の生活』(Vita dei campi)の一篇『カヴァレリア・ルスティカーナ』に基づいて作られた1幕物のオペラです。
1890年にローマ歌劇場で初演されました。
映画の冒頭「付き人にならないか」とジャックがマニーを誘うシーンでもジャックの家ではエンリコ・カルーソーのレコードが流れていました。
ギャングのボス、マッケイの屋敷で流れている曲
(マニーがネリーの借金を返す為にジェームズ・マッケイの屋敷を訪れるシーン)
歌劇《魔笛》K. 620 – 第2幕 夜の女王のアリア「復讐の心は地獄のようにわが胸に燃え」
作曲者 | ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart, 1756 -1791) 18世紀古典派を代表するオーストリアの作曲家。 幼い頃から並外れた音楽の才能を示し「神童」と呼ばれる。5歳ですでに作曲を始め、35歳の若さで亡くなるまで600を超える作品を作る。オペラ、協奏曲、交響曲、室内楽、器楽曲などあらゆるジャンルにわたり名作を残し西洋音楽に大きな影響を与えた。 |
作曲年 | 1791年 |
ジェームズ・マッケイの要塞で流れている曲(1曲目)
マイ・ガールズ・プッシー
Artist | Harry Roy & His Bat Club Boys |
ハリー・ロイ(Harry Roy, 1900-1971) イギリスのクラリネット奏者/歌手/ソングライター/バンドリーダー。 | |
リリース | 1931年 |
作曲者 | ハリー・ロイ |
『My Girl’s Pussy』は、ハリー・ロイ(Harry Roy)が1931年に作ったジャズ・ソングです。
映画の冒頭「男装したレディ・フェイ・ジューがパーティーで歌う曲」では、ジャスティン・ハーウィッツがアレンジしたカバーバージョンが使われていましたが、ここではオリジナル版が使われています。
ジェームズ・マッケイの要塞で流れている曲(2曲目)
アバ・ダバ・ハネムーン
Artist cover ver. | ヘレン・ケイン(Helen Kane, 1904-1966) アメリカの歌手/女優。 ベティちゃん(ベティ・ブープ)のモデルとされる人物。 |
リリース | 1951年 |
作曲者 | アーサー・フィールズ(Arthur Fields, 1888-1953) アメリカのバリトン歌手/作曲家。 |
ウォルター・ドノバン(Walter Donovan, 1888-1964) | |
Original ver. | 1914年:コリンズ&ハーラン(Collins and Harlan) アーサー・コリンズ(Arthur Collins)とバイロン・G・ハーラン(Byron G. Harlan)の喜劇コンビ。 |
『Aba Daba Honeymoon』は、1950年のミュージカル映画『トゥ・ウィークス・ウイズ・ラブ』(Two Weeks with Love)で使われ、ビルボードチャートで3位を獲得しました。
現在では “サウンドトラックから生まれた最初のヒット曲” としても知られるようになりました。
マニーがLAで観る映画『雨に唄えば』の曲(1曲目)
邦題『あなたの夢ばかり』
リリース | 1952年:Soundtrack『雨に唄えば』 |
作曲者 | ナシオ・ハーブ・ブラウン(Nacio Herb Brown, 1896-1964) アメリカの作曲家/ソングライター。 メトロ・ゴールドウィン・メイヤー(MGM)に1928年から雇われ、トーキー映画の音楽を作り活躍した。 |
アーサー・フリード(Arthur Freed, 1894-1973) アメリカの作詞家/ハリウッド映画プロデューサー。 映画『巴里のアメリカ人』(1951)、『恋の手ほどき』(1958) のプロデュースで、アカデミー作品賞を2度受賞した。 | |
Original ver. | 1929年:ミュージカルコメディ映画『ハリウッド・レヴィユー』 クリフ・エドワーズ(Cliff Edwards, 1895-1971)アメリカのウクレレ奏者/男性声優。ディズニーのアニメ映画『ピノキオ』(1940) でジミニー・クリケットの声を担当したことで知られる。 |
『All I Do Is Dream of You』は、1934年のアメリカ映画『蛍の光』(原題:Sadie McKee)のために作られた曲です。
1952年のミュージカル映画『雨に唄えば』(原題:Singin’ in the Rain)では、キャシーを演じるデビー・レイノルズ(Debbie Reynolds)がケーキから飛び出して女性ダンサー達と一緒に歌う曲として使われています。
マニーがLAで観る映画『雨に唄えば』の曲(2曲目)
ビューティフル・ガール・モンタージュ
リリース | 1952年:Soundtrack『雨に唄えば』 |
作曲者 | ナシオ・ハーブ・ブラウン(Nacio Herb Brown, 1896-1964) アメリカの作曲家/ソングライター。 メトロ・ゴールドウィン・メイヤー(MGM)に1928年から雇われ、トーキー映画の音楽を作り活躍した。 |
アーサー・フリード(Arthur Freed, 1894-1973) アメリカの作詞家/ハリウッド映画プロデューサー。 映画『巴里のアメリカ人』(1951)、『恋の手ほどき』(1958) のプロデュースで、アカデミー作品賞を2度受賞した。 |
『Beautiful Girl Montage』は、1952年のミュージカル映画『雨に唄えば』(原題:Singin’ in the Rain)のオリジナル・サウンドトラックです。トーキーがハリウッドに革命をもたらしたことを知らせる新聞の映像から音楽映画『ビューティフル・ガール』の撮影シーンに移る場面でこの曲が流れています。
マニーがLAで観る映画『雨に唄えば』の曲(3曲目)
邦題『雨に唄えば』
リリース | 1952年:Soundtrack『雨に唄えば』 |
作曲者 | ナシオ・ハーブ・ブラウン(Nacio Herb Brown, 1896-1964) アメリカの作曲家/ソングライター。 メトロ・ゴールドウィン・メイヤー(MGM)に1928年から雇われ、トーキー映画の音楽を作り活躍した。 |
アーサー・フリード(Arthur Freed, 1894-1973) アメリカの作詞家/ハリウッド映画プロデューサー。 映画『巴里のアメリカ人』(1951)、『恋の手ほどき』(1958) のプロデュースで、アカデミー作品賞を2度受賞した。 | |
Original ver. | 1929年:ミュージカルコメディ映画『ハリウッド・レヴィユー』 クリフ・エドワーズ(Cliff Edwards, 1895-1971)アメリカのウクレレ奏者/男性声優。ディズニーのアニメ映画『ピノキオ』(1940) でジミニー・クリケットの声を担当したことで知られる。 |
『Singing in the Rain』は、1929年のミュージカルコメディ映画『ハリウッド・レヴィユー』(原題:The Hollywood Revue of 1929)のために作られた曲です。
1952年のミュージカル映画『雨に唄えば』(原題:Singin’ in the Rain)では主題歌として使われ、ジーン・ケリーが土砂降りの雨の中歌いタップダンスを踊るシーンは映画史に残る名場面となりました。
「雨を降らせたセットにジャックが加わり、大勢で歌う」でもこの曲が使われていました。
『バビロン』のサントラ
『バビロン』はジャスティン・ハーウィッツ(Justin Hurwitz)が音楽を担当しました。
ジャスティン・ハーウィッツは、デイミアン・チャゼル監督の長編デビュー作から音楽を担当している作曲家です。『ラ・ラ・ランド』では第89回アカデミー作曲賞と主題歌賞を受賞しました。デイミアン・チャゼル監督とは今作で5回目のコラボレーションとなります。
『バビロン』キャスト・スタッフ
監督 | デイミアン・チャゼル(Damien Chazelle) |
脚本 | デイミアン・チャゼル(Damien Chazelle) |
製作 | オリヴィア・ハミルトン(Olivia Hamilton) |
マーク・プラット(Marc Platt) | |
マット・プルーフ(Matthew Plouffe) | |
音楽 | ジャスティン・ハーウィッツ(Justin Hurwitz) |
配給 | 東和ピクチャーズ |
公開 | 2022年12月25日 |
2023年2月10日 | |
上映時間 | 185分 |
ジャック・コンラッド:ブラッド・ピット(Brad Pitt)
ネリー・ラロイ:マーゴット・ロビー(Margot Robbie)
マニー・トレス:ディエゴ・カルバ(Diego Calva)
エリノア・セント・ジョン:ジーン・スマート(Jean Smart)
シドニー・パーマー:ジョヴァン・アデポ(Jovan Adepo)
レディ・フェイ・ジュー:リー・ジュン・リー(Li Jun Li)
ジェームズ・マッケイ:トビー・マグワイア(Tobey Maguire)
マックス:P・J・バーン(P. J. Byrne)
ジョージ・マン:ルーカス・ハース(Lukas Haas)
ルース・アドラー:オリヴィア・ハミルトン(Olivia Hamilton)
アーヴィング・タルバーグ:マックス・ミンゲラ(Max Minghella)
伯爵 (The Count):ローリー・スコーヴェル(Rory Scovel)
エステル:キャサリン・ウォーターストン(Katherine Waterston)
ボブ・レヴィン:フリー(Flea)
ドン・ウォラック:ジェフ・ガーリン(Jeff Garlin)
ロバート・ロイ:エリック・ロバーツ(Eric Roberts)
ウィルソン:イーサン・サプリー(Ethan Suplee)
コンスタンス・ムーア:サマラ・ウィーヴィング(Samara Weaving)
イナ・コンラッド:オリヴィア・ワイルド(Olivia Wilde)
オットー・フォン・シュトラスベルガー:スパイク・ジョーンズ(Spike Jonze)
マリオン・デイヴィス:クロエ・ファインマン(Chloe Fineman)
ジェーン・ソーントン:フィービー・トンキン(Phoebe Tonkin)
オーヴィル・ピックウィック:トロイ・メトカーフ(Troy Metcalf)
エルウッド:パトリック・フュジット(Patrick Fugit)
プロデューサー:マーク・プラット(Marc Platt)
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