志村喬演じる渡辺が「いのち短し恋せよ少女…」と歌うシーンが有名な黒澤明の映画『生きる』
国際的な評価も高いこの作品は、2022年『生きる living』のタイトルでカズオ・イシグロの脚本によりリメイクされました。
このコラムでは、オリジナル版とリメイク版の違いについて解説してみたいと思います。
『生きる living』オリジナル版とリメイク版の違い
ここからは、黒澤明の『生きる』をオリジナル版、『生きる living』をリメイク版として、比較していきます。
まず、上映時間はオリジナル版が143分、リメイク版は102分と40分近く短くなっています。ストーリーラインはオリジナル版に忠実に作られていますが、リメイク版ではカットされたシーンや演出があるため、個人的にはオリジナル版から観た方が楽しめると感じました。
オリジナル版とリメイク版、5つの相違点を紹介します。(ここから先はネタバレを含みます。)
舞台が日本→イギリスへ
オリジナル版は1950年代前半の東京、リメイク版は1953年のロンドンが舞台となっています。
ロンドンは、東京と同じく第二次世界大戦中に激しい空爆を受けた都市です。戦後復興期の大都市という意味では共通点が多いと言えるでしょう。
胃癌と知るまでの経緯
オリジナル版では、主人公(渡辺)が医師から胃癌と直接宣告されるシーンはなく、病院に来ていた患者との雑談とその後の診察で医師から言われた言葉で末期の胃癌だと自覚する流れになっています。
リメイク版では小さな医院に行き、医師から直接宣告を受ける流れに変更されていました。
文化の違いを感じられる興味深いシーンのひとつです。
葬儀・死後の回想シーン
オリジナル版では、主人公渡辺の自宅で葬儀が行われますが、リメイク版では教会で葬儀が行われています。また、リメイク版では、町の女性達や後述する職場の女性(マーガレット)も最初から参列しています。
オリジナル版では、葬儀のシーンが比較的長く、風刺的に描かれていますが、リメイク版では葬儀のシーン自体は短めです。その代わり、葬儀での回想シーンは翌日の通勤電車内で語り合う形式に変更されています。
職場の若い女性との関係性
オリジナル版では「とよ」、リメイク版では「マーガレット」の名前で登場する職場の若い女性。
リメイク版でもオリジナル版同様、無断欠勤している主人公の元に、彼女が仕事を辞めるため書類を持って行ったことをきっかけに、主人公から病気であることを打ち明けられる数少ない人物として描かれています。同僚にあだ名をつけるなど、天真爛漫な性格もオリジナル版を踏襲していると言えるでしょう。
オリジナル版と大きく異なる点として、リメイク版では、マーガレットは葬儀に参列し、主人公の息子と直接話すシーンがあること、またその後は役所で働く元同僚の男性とデートをするシーンも描かれています。
うさぎのおもちゃ
オリジナル版では、職場の女性(とよ)は転職先でうさぎのおもちゃを作っている設定です。主人公渡辺と最後に食事を共にするシーンでは、うさぎのおもちゃをテーブルに置き、「このおもちゃを作る事で、世界中の子供達と繋がれる事が幸せ」と語っていました。また、食事のあと、うさぎのおもちゃは渡辺の部屋に置かれている事から、渡辺が持ち帰ったのだと推測されます。
リメイク版では、職場の女性(マーガレット)の転職先は老舗レストランに変更されています。うさぎのおもちゃは、主人公(ウィリアムズ)が格闘しているUFOキャッチャーの景品として登場し、連れられて来たマーガレットが取り持ち帰ります。ウィリアムズの死後、元同僚とデートするシーンでマーガレットが持っている様子が描かれていました。
『生きる living』で使われた曲の違い
オリジナル版で主人公が歌うのは『ゴンドラの唄』ですが、リメイク版では『ナナカマドの木』というスコットランド民謡を歌います。これについては、「いのち短し恋せよ少女」という歌詞だと、直接的過ぎるのではないかという、リメイク版の脚本を手がけたカズオ・イシグロ自身のアイディアだそうです。
また、オリジナル版で主人公(渡辺)が職場に戻り公園建設のため動き出すシーンなどで使われているHappy Birthdayの曲もリメイク版ではカットされています。
その他にも、オリジナル版は街の女性が『Come On-A My House』を歌っていたりと、当時の風俗がわかる興味深い選曲が印象的でした。
普遍的なテーマが静かに描かれる名作『生きる living』
今回は、黒澤明の『生きる』とリメイク版『生きる living』を続けて視聴し、比較してみました。どちらも「生きる」という普遍的なテーマを感じられる名作です。
気になった方は是非視聴してみてください。
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