ギリシャ・アテネ生まれの映画監督ヨルゴス・ランティモス(Yorgos Lanthimos)。『ギリシャの鬼才』とも評されるランティモスは、優れた観察眼と鋭い社会風刺描写で国際的に高い評価を得て『Greek Weird Wave Movements (ギリシャの奇妙な波)』と呼ばれるムーブメントを作り出した映画監督です。
2023年、第80回ヴェネツィア国際映画祭でプレミア上映された最新作『哀れなるものたち』は、金獅子賞を受賞するなど、各方面から注目を集めています。
このコラムでは、日本未公開作品も含め、ヨルゴス・ランティモスが監督をつとめた映画と作中で使われたオススメの曲をご紹介します。
ヨルゴス・ランティモス監督映画を年代順に紹介
ヨルゴス・ランティモスが監督した映画を年代順に紹介します。印象的な挿入曲とあわせて紹介しているので、ぜひ聴きながら楽しみください。
2005年 – キネッタ(原題:Kinetta)
ヨルゴス・ランティモス監督が初めて単独で監督した長編映画は、2005年に製作された『キネッタ』(原題:Kinetta)です。ギリシャの西アッティカにある海辺の街キネッタ(キネタ)に集まった見ず知らずの3人(男・女・カメラマン)が殺人現場の再現VTRのようなものを撮影する様子が淡々と描かれています。
ギリシャ語で撮影されていますが、2024年現在、日本語字幕・吹き替え版はリリースされていません。(セリフが少ないため、英語版ならある程度観やすいかと思います。)
オススメ曲:Mi Mou Pis Tipota
邦訳:なにも言わないで
Artist | ツェニ・ヴァヌー(Tzeni Vanou, 1939-2014) アテネ・アッティカ出身のギリシャの女性歌手。ギリシャの作曲家ミミス・プレッサスに師事し、彼の勧めで音楽の道に入る。 |
リリース | 1960年 |
作曲者 | ミミス・プレッサス(Mimis Plessas) ギリシャの作曲家、1924年アテネ生まれ。 ギリシャ各地の民謡のメロディやリズムを取り入れたオーケストラ音楽(レベティコ)や、歌謡スタイル(ライカ)を取り入れた作品で成功を収める。 |
『Mi Mou Pis Tipota』(邦訳:なにも言わないで)は、オープニングをはじめ、作中何度か流れる音楽です。男が横転した車から取り出したカセットテープにこの曲が録音されている設定と思われます。
上映時間:95分
2009年 – 籠の中の乙女
ヨルゴス・ランティモス2作目の監督作品は、2003年に製作された映画『籠の中の乙女』(原題:Κυνόδοντας/英題:Dogtooth)です。日本で公開された初めてのランティンモス作品となります。(配給会社:彩プロ)
両親によって外の世界から完全に隔離して育てられた3人の子供たちの生活と葛藤が描かれている風刺映画です。
第83回アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされ、第62回カンヌ国際映画祭では、ある視点部門グランプリを受賞しました。
オススメ曲:Fly Me to the Moon
Artist | フランク・シナトラ(Frank Sinatra, 1915-1998) アメリカ・ニュージャージー州生まれのシンガー/エンタティナー。 |
リリース | 1964年 |
作曲者 | バート・ハワード(Bart Howard, 1915-2004) アメリカ・アイオワ生まれの作曲家。 |
Original ver. | 1954年:ケイ・バラード(Kaye Ballard) |
フランク・シナトラの『Fly Me to the Moon』は、父親が「祖父の曲を聞きたいか?」と家族に言い、レコードでかける曲です。レコードをかけた父親は、同時通訳のようにギリシャ語で嘘の歌詞を娘達に伝えます。
「高速道路」や「遠足」など、外の世界につながる言葉の意味を教えないなど、子供達を外の世界から徹底的に遮断して育てる父親の狂気的な信念を世界的なヒット曲で表現する印象的なシーンです。
映画後半では『ロッキー』や『ジョーズ』、『フラッシュダンス』などの名作ハリウッド映画がキーになるなど、非英語圏の国ならではの展開が興味深い作品となっています。
上映時間:96分
2011年 – アルプス
ヨルゴス・ランティモス3作目の監督作品は、2011年に製作された映画『アルプス』(原題:Άλπεις/英題:Alps)です。劇場公開時は日本未公開でしたが、2024年現在ではJAIHO(ジャイホー)で日本語字幕版が配信されています。
故人になりきり、遺族と過ごす代行サービス『アルプス』の活動が描かれた不条理コメディです。
オススメ曲:Popcorn
Artist | マルソー(Marsheaux) ギリシャ・アテネで結成されたシンセポップ・デュオ。 |
リリース | 2009年 |
『Popcorn』は、映画ラストの新体操演技で使用される曲です。映画冒頭の新体操演技ではカール・オルフのカルミナ・ブラーナ(Carmina Burana)が使用されており、その対比が印象的です。
上映時間:93分
2015年 – ロブスター
ヨルゴス・ランティモス4作目の監督作品は、2015年に製作された映画『ロブスター』(原題:The Lobster)です。コリン・ファレル、レイチェル・ワイズ、レア・セドゥらが出演しており、ランティモス監督初の英語作品となります。
独身が許されず、パートナーを見つけなければ動物に変えられてしまう近未来を描いたSF恋愛映画です。第89回アカデミー脚本賞にノミネートされ、第68回カンヌ国際映画祭では審査員賞を受賞しました。
オススメ曲:String Quartet No.8 in C Minor, Op.110 – IV. Largo
『弦楽四重奏曲第8番 ハ短調 作品110』より第4楽章
作曲者 | ドミートリイ・ショスタコーヴィチ(Dmitri Shostakovich, 1906-1975) 旧ソビエト連邦の作曲家。 |
作曲年 | 1960年 |
Artist | エマーソン弦楽四重奏団(Emerson String Quartet) 1976年〜2023年まで活動したアメリカの弦楽四重奏団。 |
ドミートリイ・ショスタコーヴィチの『弦楽四重奏曲第8番』は、コリン・ファレル演じるデヴィッドに試練が訪れる時に流れる曲です。
『ロブスター』では、ショスタコーヴィッチの弦楽四重奏曲のほか、ベートーヴェンの『弦楽四重奏曲第1番 第2楽章』やリヒャルト・シュトラウスの交響詩『ドン・キホーテ』などが繰り返し使われています。また、クラシック曲以外は、ギリシャと関連性の高い歌が効果的に用いられているのが印象的です。
上映時間:118分
2017年 – 聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア
ヨルゴス・ランティモス5作目の監督作品は、2017年に製作された映画『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』(原題:The Killing of a Sacred Deer)です。古代アテナイの詩人エウリピデスによるギリシア悲劇『アウリスのイピゲネイア』にインスピレーションを得て作られています。
今作で、ヨルゴス・ランティモスとエフティミス・フィリップが第70回カンヌ国際映画祭脚本賞を受賞しました。
オススメ曲:ヨハネ受難曲 BWV 245「主よ、我らの支配者よ」
ヨハネ受難曲 BWV 245 – 第1部 コラール「主よ、我らの支配者よ」
作曲者 | ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(Johann Sebastian Bach) バロック時代を代表するドイツの作曲家/オルガニスト。 |
Artist | ミュンヘン・バッハ合唱団(Münchener Bach-Chor) ドイツ・ミュンヘンを本拠地とするのコンサートとオラトリオのための混声合唱団。 カール・リヒター(Karl Richter, 1926-1981) ドイツの指揮者/オルガン/チェンバロ奏者。 ミュンヘン・バッハ管弦楽団(Münchener Bach-Orchester) ドイツ・ミュンヘンを本拠地とするオーケストラ。ミュンヘン・バッハ合唱団と協演するために1953年にカール・リヒターにより設立された。 |
予告編ではラフィー・キャシディ演じる娘キムがエリー・ゴールディングの『Burn』を歌う場面の音源が使われていますが、全体的には宗教曲がキーとなっています。『ヨハネ受難曲』は、エンディングで流れます。
さらに、旧ソ連出身の現代音楽作曲家ソフィア・グバイドゥーリナ(Sofiya Gubaydulina)の曲を中心に、ジェルジュ・リゲティ(György Ligeti)やヤニ・フリストウ(Jani Christou)らによるの現代曲が多数使われています。
上映時間:121分
2018年 – 女王陛下のお気に入り
ヨルゴス・ランティモス6作目の監督作品は、2018年に製作された映画『女王陛下のお気に入り』(原題:The Favourite)です。ランティモス監督初の歴史映画になります。18世紀初頭、グレートブリテン王国の女王だったアンとその側近(サラ・ジェニングスとアビゲイル・メイシャム)のせめぎ合いが描かれています。
第91回アカデミー賞では作品賞・監督賞を含む9部門で10ノミネート(エマ・ストーン/レイチェル・ワイズがそれぞれ助演女優賞にノミネート)され、オリヴィア・コールマンがアカデミー主演女優賞を受賞しました。
第70回カンヌ国際映画祭では監督賞を受賞しました。
オススメ曲:Skyline Pigeon
スカイライン・ピジョン
Artist | エルトン・ジョン(Elton John) イギリスのミュージシャン/シンガー/ソングライター。 |
リリース | 1969年 |
作曲者 | エルトン・ジョン(Elton John) バーニー・トーピン(Bernie Taupin) イギリス系アメリカ人の作詞家。エルトン・ジョンとの共作で知られる。 |
エルトン・ジョンの『スカイライン・ピジョン』は、エンドクレジットで流れる曲です。バッハやヘンデル、ヴィヴァルディなどのバロック音楽が多数使われ、宮廷内の様子を表している今作のエンディングとしては、唐突で意表をつかれる選曲ですが、チェンバロが使われいるうえに歌詞の内容は映画の世界観と非常にマッチしています。
上映時間:120分
2023年 – 哀れなるものたち
ヨルゴス・ランティモス7作目の監督作品は、2023年に製作された映画『哀れなるものたち』(原題:Poor Things )です。スコットランドの作家アラスター・グレイによる同名小説が原作です。
19世紀末、ヴィクトリア朝のロンドン・グラスゴーで妊娠中の女性が身投げしたものの、天才的な外科医に胎児の脳を移植され蘇らされるSFブラック・コメディ映画です。
第80回ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞し、第81回ゴールデングローブ賞では、作品賞と主演女優賞(どちらもミュージカルまたはコメディ部門)を受賞しました。
日本では2024年1月26日に公開されました。
『哀れなるものたち』のサントラ
作曲者 | イェルスキン・フェンドリックス(Jerskin Fendrix) ロンドンを拠点に活動する実験音楽のミュージシャン/作曲家/ソングライター/シンガー/スタジオアレンジャー。 |
リリース | 2023年 |
『哀れなるものたち』では、ランティモス監督作品で初めてオリジナル曲が作られました。
ランティモス監督は、イェルスキン・フェンドリックスのデビューアルバム『Winterreise』を聴いてピンときたランティモス監督が音楽担当に採用したとのことです。
第96回アカデミー作曲賞にノミネートされています。(ノミネート作品一覧はコチラで紹介しています!)

上映時間:142分
ヨルゴス・ランティモス監督映画まとめ
ヨルゴス・ランティモスが監督した長編映画を全て紹介しました。アイロニックで社会風刺の効いた脚本だけでなく、年々壮大で美しさを増す映像美からも目が離せません。
今後、初期作品も日本語化・配信されることを願いつつ、注目し続けたい監督の一人です。
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